Miss SAKE News/Blog

中埜酒造様、丸石醸造様を、2023 Miss SAKE 愛知 森川裕希恵が表敬訪問いたしました。

皆様、こんにちは。
2023 Miss SAKE 愛知 森川裕希恵です。

先日、愛知県半田市にあります中埜酒造株式会社様、岡崎市に蔵を構えます丸石醸造株式会社様を表敬訪問させていただきました。

中埜酒造株式会社様

中埜酒造様の代表銘柄「國盛」は、「国の繁栄を願い、それとともに我が酒の盛んなること」を望む気持ちを込めて命名されたそうです。

中埜酒造様は、1985年(昭和60年)に、新工場を完成させたのを機に、200年に渡り酒造りが行われてきた酒蔵を博物館として再生し、「国盛・酒の文化館」としてオープン。

趣ある木造蔵の館内には、江戸時代から受け継がれる酒造りの工程が和紙人形で再現されていたり、伝統的な道具や酒器が多数展示されており、当時にタイムスリップしたような気分にひたれます。

今回の表敬訪問では、こちらの酒の文化館館長・浜耕平様にお話を伺いながら、館内を見学させていただきました。浜様の語り口が味わい深く心地よく、すっかり聞き入ってしまいました。

半田市のある知多半島は、古来より銘酒を醸す土地として知られ、上方より江戸に近く、海上輸送の便に優れていたため、酒造業が発展し、江戸時代中期には、江戸で消費する酒の三割を担うまでに成長。知多には、最盛期にはなんと200軒を超酒蔵があったそうです。また、上方と江戸の中間に位置することから「中国銘酒」と呼ばれ、評判を博しました。

中埜酒造様は、そんな知多の酒造業の繁栄を背景に、小栗富次郎が、中埜又左衛門から酒造株を譲り受け1844年(弘化元年)に創業しました。

中埜又左衛門は、あの「ミツカン酢」で有名な中埜酢店の創業者です。当時、中埜又左衛門は、酒粕を使った安価な「粕酢」を販売し、それが握り寿司などに使われ、江戸で寿司ブームが起こりました。今の江戸前寿司の原点が愛知県にあったとは驚きです。

現代の中埜酒造様は、いち早く最新鋭の設備を導入し、機械による緻密な品温、湿度の調整管理などを実現。その上で、伝統の技、人の五感が必要とされる工程に集中することで、安定した生産、品質の向上が可能となりました。

中埜酒造様が企業理念として掲げる「買う身になって、まごころこめて、よい品を」。お値頃でありながら、いつでも美味しいお酒を届けたい。中国銘酒と粕酢で江戸庶民を喜ばせた中埜家のルーツとも言える想いが今も息づいています。

中埜酒造様では、清酒の他にも梅酒やリキュール、調味料など様々な商品を販売しています。

中でも梅酒は、自社農園「國盛FARM」にて梅を栽培するところからこだわりを持ち、社員様や、ご近所の有志の方々の手によって丹精こめて育てられた梅を使った梅酒は、豊かな風味と爽やかな香りが口の中に広がります。

2013年、半田市では知多半島の蔵元が造る「知多酒」で乾杯を市民に勧める条例が制定されました。

現在、知多半島は、中埜酒造株式会社様、盛田金しゃち酒造株式会社様、丸一酒造株式会社様、原田酒造合資会社様、澤田酒造株式会社様、盛田株式会社様、伊東株式会社様の7つの酒蔵を有し、地域の繋がりを大切にし、一丸となって日本酒業界を盛り上げる活動を行っていらっしゃいます。

温暖な気候と豊かな海に恵まれ、全国でも指折りの醸造文化が育まれてきた知多半島。

今回の表敬訪問で、中埜酒造様の「國盛・文化館」を通してその歴史に触れ、改めて、酒造り、酒造業にロマンを感じました。

丸石醸造株式会社様

丸石醸造様は、1690年(元禄3年)創業。元禄年間と言えば、「生類憐みの令」で有名な第5代将軍・徳川綱吉が治めた時代。創業333年という全国でも有数の老舗酒蔵です。

丸石醸造様の代表銘柄と言えば、日本酒界に新しい風を吹き込んだ「二兎」、岡崎市が徳川家康生誕の地ということが所縁の「徳川家康」、地元の方々に長きに渡り親しまれている「三河武士」「長誉」があります。

今年は、干支が卯、大河ドラマ「どうする家康」の放送に加え、更には創業333年、縁起のいい3のゾロ目が揃うという、丸石醸造様にとって記念の年。

今回の表敬訪問では、そんな丸石醸造様の歴史や、現在の取り組みなどについて、代表取締役・深田英輝様と、杜氏・片部周光様にお話を伺う事ができました。

江戸時代の創業から酒蔵は大きく発展し、明治時代には味噌や醤油などの醸造業だけでなく、紡績業や銀行を興すなど、幅広く事業展開を行っていた丸石醸造様。

しかし、昭和時代の太平洋戦争で岡崎は激しい空襲に遭い、丸石醸造様も蔵のほとんどを焼失してしまいました。その後、燃え残った味噌蔵を酒蔵として、清酒造り一本に絞り、事業を再開したのだそうです。

現在は、深田様、片部様、もう一人の杜氏である今井様を中心に、少数精鋭で蔵を切り盛りしていらっしゃいます。

2015年に販売が始まった「二兎」。

実は「二兎」誕生までには、蔵の将来をかけた大きなドラマが詰まっていました。

深田様が家業である酒造りに携わるようになったばかりの頃、営業先では自社のお酒に対し厳しい声があがることの連続で、既存のやり方ではいずれ蔵の経営が成り立たなくなるという危機に立たされました。そこで深田様は、片部様をはじめ若いスタッフに働きかけ、“5年”という期間を設定し、「東京で勝てるお酒を造ろう」というプロジェクトをスタートさせました。それが「二兎」の始まりです。

深田様たちは、日本酒の固定概念にとらわれない、自分たちが飲んで美味しいと思えるお酒を自信を持って売りたいという思いで、酒造り、マーケティングに邁進し、その結晶として出来上がったのが「二兎」です。

「二兎」という名前の」由来は、「二兎追うものしか二兎を得られない」というコンセプトから。お酒の特徴である味と香り、酸味と旨味、重いと軽い、甘いと辛い、複雑と奇麗、一見相反するように思われる要素が最高のバランスになるよう造られています。

日本酒通から日本酒初心者まで幅広い層を魅了する洗練された味わい、キャッチーなネーミング、二羽の兎が向い合せに描かれたラベルがおしゃれで話題を呼び、今や日本酒ファンの間で「二兎」を知らない人はいないほどの人気銘柄となりました。

丸石醸造様が酒造りにおいて大切にしていらっしゃること、それは、「フレッシュ」「ジューシー」「瑞々しさ」。片部様に酒造りを行っている蔵を案内していただき、各工程で行われる徹底した温度管理に並々ならぬこだわりを感じました。特に印象的だったお言葉は「お客様の口に届くまでが酒造り」。瓶詰めする最後の最後まで温度調整をし、最も新鮮な状態でお客様のもとへ届けられています。

「二兎」販売により、名実ともに全国区となった丸石醸造様。深田様は、人気に甘んじることなく、今後も大量生産はせず、自分たちの目の届く範囲で質にこだわり酒造りを行っていくとお話されていました。その姿勢が、多くの日本酒ファンから愛される理由の一つだと心を打たれ、私自身も、普段から大好きでいただいていた丸石醸造様のお酒への思い入れが更に強くなりました。

丸石醸造様では今年、コロナ渦を経て蔵開きを再開。地元の方から遠方の方まで多くの人たちが創業333年のお祝いに駆け付けました。また、日本酒ファンをワクワクさせる可愛いオリジナルグッズも販売中です。

創業333年を迎えた今、深田様が目指すのは、更に100年、200年と続いていく蔵造り。これからも、丸石醸造様の取り組みに目が離せません。

この度は、貴重なお時間、素晴らしいお話をありがとうございました。

これからも、愛知県の日本酒業界を盛り上げるべく邁進してまいります。

引き続きよろしくお願いいたします。

2023 Miss SAKE 愛知 森川裕希恵

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