皆様、こんにちは。
2023 Miss SAKE 宮城 千田瑞穂です。
「2024 Miss SAKE ナデシコプログラム 宮城県特別講義 1日目」は、お読みいただけましたか?
まだお読みでない方は、ご一読いただけますと幸いです。
5月18日(土)19日(日)、一泊二日の「2024 Miss SAKE ナデシコプログラム 宮城県特別講義」に2024 Miss SAKE ファイナリスト、Miss SAKE OGで参加させていただきました。
今回は、2日目の様子をご報告いたします。
<講義内容>
5月19日(日)
1 ほや・銀鮭生産者による講義、宮城県産日本酒とのペアリング実食
株式会社あつみ屋 代表/ほや漁師/フィッシャーマンジャパン理事 渥美貴幸様 https://atsumiyanohoya.mystrikingly.com/
株式会社飛梅 副社長 佐々木國善様 http://tobiume.co.jp/index.html
一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン 理事/株式会社 マルキン 常務取締役 鈴木真吾様 https://www.kaki-marukin.com/product/ginzake.html
株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング 海外事業部 プロジェクトマネージャー、東北・食文化輸出推進事業協同組合 営業責任者 吉岡泰貴様 https://fishermanjapan.com
2 日高見醸造元 平孝酒造 代表 平井孝浩様による日本酒講義
株式会社平孝酒造 代表取締役 社長 平井孝浩様
1 世界第4の珍味〜三陸の海で育まれる未知の味「ほや」〜
皆様、ほやを召し上がったことはございますか?
東北では、いにしえより愛されてきたほや。
古くは平安時代初期から食され、仙台藩主の伊達政宗も正月料理としてほやのお吸い物を食べたことが文献に残されています。
ほやは「うま味、甘み、苦味、酸味、塩味」の5つの味を全て持ちます。
一度食べればその味の虜となり、夏はほやを食べずにはいられないという人も多いのです。
しかしながら一方で、水揚げから時間が経つと、その独特な風味が強くなるため、鮮度が低く管理の悪いほやを食べ、苦手意識をもってしまう人も少なくありません。
この度は、株式会社あつみ屋 代表であり、ほや漁師である渥美様より、ほやについてご講義を賜り、株式会社飛梅 副社長である佐々木様に、ほやの捌き方をご教授いただきました。
さて皆様、ほやはどのような生き物か正体をご存知でしょうか?
よく「ほや貝」と聞くから、貝の仲間かな?
そう思った人も多いのではないでしょうか。
実は私も初めはそう思ってしまっておりました。
しかし、何とほやは貝ではありません。
実は「脊索動物」なのだそうです。
人間などの脊椎動物に近いグループであると聞き、多くのファイナリストが驚いておりました。
ほやは栄養も大変豊富です。
貧血予防になる鉄分、精がつく亜鉛、認知症対策の注目成分であるプラズマローゲン、血液をサラサラにしてくれるEPA、記憶力をサポートするDHA、ビタミンB12 、カリウム等、たくさんの栄養が含まれています。
海のパイナップルとも称される、三陸名物としても有名なマボヤは、出荷する大きさに育てるまでに3年かかるそうです。
震災前、生産量の大半は宮城県が占めていました。
しかし、震災により養殖のほやは壊滅してしまいます。
家も船も漁具も流されてしまい、さらには、その生産量の8割の消費先であった韓国が原発の影響で東北・関東の海産物の輸入を全面禁止し、販路を失ってしまいます。
その後、何とかほやの養殖を再開しますが、ほやの行き先を何とかしなくてはなりません。そこで立ち上げられたのが「ほやほや学会」です。
ほやの認知度向上と、消費拡大を目指されております。
その取り組みが実を結び、現在は震災前の2倍、国内消費がV字回復しているそうです。
【ほやほや学会】
ほやほや学会の中に、ほや伝道師検定というものがあったので、ナデシコプロプラム受講後に私も受けてみました。
検定後、認定証が授与されます。
外れてしまったとしてもしっかり解説があり、ほやについて理解を深めることができますので、皆様もぜひ受けてみてください。
講義の後、調理室へ移動し、佐々木様よりほやの捌き方をご教授いただき、実際にファイナリストでほやを捌いてみました。
【ほやの捌き方】
1 ほやの上部突起の入水孔(+)プラス側(口)を切る。
鮮度が悪いと、この時点で水が噴き出してしまうそうです。この日は、当日朝5時に採って来てくださったほやだったので新鮮で全く水が出てきませんでした。
2 出水孔(−)側(お尻)の突起を切る。
3 (+)側の穴から(−)側の穴を通って片側の殻と身を根の近くまで切る。
4 殻と身の間に指を入れ、実をひねりながら殻から抜く。
生きがいいと身が皮の方にびっしりついて剥きづらいそうですが、それは新鮮な証拠とのことです。
5 ひだ状になっているエラを破り、褐色の肝膵臓を取り除く。
6 (+)側から(−)側へ線のように含まれている糞の通り道(赤い線)に包丁を入れ、糞を取り除く。
ちなみにこの上の方の茶色い部分は卵巣だそうです。今回初めて知ったのですが、ほやは何と雌雄胴体とのこと。卵巣も精巣も持っているそうです。
7 流水(真水)で糞や汚れを洗う。
ファイナリストも代表者がほや捌きにチャレンジしました。
渥美様や佐々木様が丁寧に教えてくださり、上手に捌くことができました。
捌きたてのほやを皆で試食しました。
「最初と最後の味が違う!」
噛めば噛むほど甘くなり、味覚が変わっていくことに多くのファイナリストが驚いておりました。
この後、私たちが講義を受けている間に、昼食のためにほやを調理してくださるとのことで、楽しみに待つことにしました。
講義室へ戻り、次は一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン 理事/株式会社 マルキン 常務取締役である鈴木様のご講義です。鈴木様からは、銀鮭についてご教授いただきました。
創設者であるお祖父様が1977年に女川町で初めて銀鮭の養殖を手掛け、以来30年以上にわたり、業界のパイオニアとして銀鮭の普及に努めてらっしゃいます。
1977年というと、200海里問題があった頃です。漁業が縮小傾向にならざるを得ない中で、始まったそうです。
天然の銀鮭は、寒冷な海域の魚であるため、ロシア南部、アメリカ・カリフォルニア州に生息し、日本近海には天然のものは生息していないそうです。銀鮭養殖が可能な温度帯の海域である三陸だからこそできているとのことでした。
何と鈴木様は養殖から加工まで自社で一貫生産しているそうです。
このことを聞いた瞬間、なんて安全で安心なのだろうと思いました。
途中で他社が入ってしまうと、情報の引き継ぎがうまくいかないと管理に影響が出てしまいそうですが、自社で一貫生産ということは、全て自社で情報を把握し、管理することができます。「いつ・どこで・誰によって作られたのか」全て追跡可能なトレーサビリティーを確立しているとのことで、消費者としては大変安心だなと感じました。
銀鮭は、稚魚を山の方の川で育てられ、その後真水を積んだトラックで海の方へと移動します。海水を少しずつ入れ塩分濃度を高め、海に慣れさせるそうです。環境の変化によるストレスをなるべく少なくする工夫をされており、とても丁寧だなと感じました。
しかし、震災でその設備が壊れてしまったそうで、直接海水に入れてみたそうです。それでも特に問題はなかったというお話を聞き、銀鮭の順応力・生命力に驚きました。
一つの丸生簀で約30000匹もの銀鮭を育てられるそうです。
即日出荷を心がけており、関西でも翌日には届くそうです。九州でも中1日で届くとのことです。このスピード感からも新鮮なまま消費者へ届けたいという想いが溢れているのを感じました。
皆様、「ASC認証」というのをご存知ですか?
ASC認証とは、養殖水産物対するエコラベルです。
Aquaculture Stewardship Council(水産養殖管理協議会)による環境に負担をかけず地域社会に配慮して操業している養殖業に対する国際的な認知制度のことで、頭文字である「A」「S」「C」をとっています。
世界的に水産資源の乱獲や海の環境変化で水産資源が枯渇している昨今、漁業の持続可能へ向けた取り組みが求められています。
ヨーロッパやアメリカでは「海のエコラベル」と呼ばれる海洋管理協議会(MSC)認証や水産養殖管理協議会(ASC)認証を取得したシーフードの需要が高まっているのだそうです。
そこで、鈴木様は、持続可能な漁業に向けての取り組みにも力を入れてらっしゃいます。
女川町産養殖銀鮭のブランド力を高めるために、世界的な水産エコラベルの動向に対応して「水産養殖管理協議会(ASC)」認証取得に向け、「養殖漁業改善プロジェクト(AIP)」を立ち上げ、持続可能型の養殖漁業に取り組んでらっしゃいます。
日本で初めてこのような取組をされてる上、世界の基準に合わせてらっしゃる意識の高さ、そしてそれが「宮城で」ということに大変誇らしさを感じました。
鈴木様よりフィッシャーマンの取組についてもお話がありました。
皆様は、漁師というとどのようなイメージをお持ちですか?
かつての3K「汚い・危険・」を
→新3K「かっこいい・稼げる・革新的」へ。
フィッシャーマンでは、かつての3Kから新3Kを実行するトップランナーとして活動されております。
漁業就業者は年々低下しています。しかも、グラフを見ると若手が少なく、高齢な方が多く従事されているのが現実です。
そこで、フィッシャーマンでは、水産業・漁業を知ってもらうための取り組みとして、アパレルではURBAN RESEARCHIとのシーパーカーのコラボ、水産業×音楽、水産業×お笑い、水産業×学校など、様々な取組をしてらっしゃいます。
私たちにとって身近なものとコラボをすることによって、水産業・漁業に触れるきっかけができ、大変素敵な取組であるなと感じました。
今、何気なく私たちはお魚や貝など、海の幸を食べることができておりますが、それは生産者あってのことです。未来の水産業を支えるために、このような取組をされてらっしゃることをもっと多くの方々に知っていただきたいです。
ぜひ皆様もフィシャーマン・ジャパン公式ホームページをご覧ください。
【フィッシャーマン・ジャパン公式HP】
昼食の時間になりました。
大変豪華なほや、銀鮭のお料理が調理室より運ばれてきます。
ほやのなめろう、ほや卵、活ほやの刺身、銀鮭の刺身、焼銀鮭。
こんなに一気にほやの様々な部位をいただく機会は滅多にございません。
銀鮭も刺身と焼きをいただき、調理方法によっての食感や味の違いを楽しみました。
お料理に合わせて、宮城県の日本酒、角星様の「水鳥記 純米吟醸 山田錦」、寒梅酒造様の「宮寒梅 純米吟醸」を一緒にいただきました。
後から、ほやのへそや突起部分も運ばれてまいりました。
ほやのへそは苦味が少なく、甘く感じました。
ほやの突起部分は、コリコリしていて、まるで軟骨のようでした。
銀鮭も程よく脂がのっており、口の中でとろけます。
この後も講義があるにも関わらず、ついついお酒が進んでしまいました。おかわりもたくさんいただきました。
昼食後は、株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング 海外事業部 プロジェクトマネージャー、東北・食文化輸出推進事業協同組合 営業責任者である吉岡様よりご講義を賜りました。
昼食前の鈴木様のご講義の中でもフィッシャーマン・ジャパンについてお話がありましたが、吉岡様より、発足の経緯や今日までの取組について、より詳しく伺うことができました。
日本の水産業は、震災前から多くの課題を抱えていたそうです。
それは、後継者不足、縮小する国内マーケット、資源の枯渇、閉鎖的、大量生産・大量流通を前提とした時代遅れの産業構造・・・
三陸の水産業者は、震災から3年間は、自社の再建にいっぱいいっぱいだったそうです。
ですが、震災前から続く課題は自社だけでは解決できないという壁に当たります。
「このままでは三陸・日本から水産業から消えてしまうのではないか」「今こそ浜を越え、職業を越え、強いチームを作って水産業の課題を解決しよう!」そのような想いが募り、動き出されたそうです。
震災から3年経った2014年、このような強い想いをもった13名(宮城の漁師8名、魚屋3名、ヤフー社員、ETIC.右腕人材)で「一般社団法人 フィッシャーマン・ジャパン」が発足します。
フィッシャーマン・ジャパンの事業内容は、主に
1 担い手育成事業(求人マッチング、就業サポート)
2 人材支援事業(インターン斡旋、副業斡旋、採用支援)
3 水産プロモーション事業(発信、PR)
お話を聞いていて、「副業でも良いんだ!」と思いました。
「Miss SAKEもそうですよね。」と言われ、確かに振り返ってみると、グランプリ以外は私たちMiss SAKEも兼業で活動をしています。
驚いたのは、報酬は「魚払い」。
今の時代は、様々な働き方・関わり方があるなと改めて感じました。
水産プロモーションのお話では、漁師シェアハウスや観光型体験(ツーリズム)、一泊二日の漁師学校、地元の高校生への授業、地元の子どもたちへの漁業体験。
水産業の素晴らしさに触れる機会をこれだけたくさん提供されていることに驚きました。
販売事業部の方のお話では、生産者と料理人が互いに学び合い、この土地の食文化の掘り起こしと再発見をするプロジェクト、「三陸シーフードガストロノミー」が大変心に残りました。
皆様、このような経験ってございませんか?
「旅行先のホテルで食事をしようと思い、コース料理を頼んだら、なぜかその土地の食材ではなく、ノルウェー産の魚など全然違う土地の食材で調理されている。」
せっかく旅行へ来ているのであれば、その土地の食材を楽しみたいと私だったら思ってしまいます。
フィッシャーマン・ジャパンは瑞鳳・ウェスティンホテル・松島大観荘など、地元のホテルとコラボをし、三陸の食の魅力を再発見できるような取組をされているのです。その他にも仙台空港では「ふぃっしゃーまん亭」があるそうです。三陸の食の魅力を様々な場所で体験できるよう工夫をされているのを感じました。
フィッシャーマン・ジャパンが手掛けているのは何と三陸で水揚げされた水産物だけではありません。青森から千葉の水産物を西日本へ拡販するプロジェクトも行われているようです。
宮城県のみならず、「日本」全国の水産業の課題を解決しようとする意識の高さに大変心が動かされました。
最後の輸出のお話は日本酒にも通ずるものがございました。
ドバイ、タイ、ニュージーランド、オーストラリア、シンガポール、ベトナム・・・
ずっとじっとしていても何も変わりません。自ら海外へ切り込み、どんどん拡大されているお話を聞き、大変力強さを感じるとともに、行動することの大切さを改めて感じました。
渥美様、佐々木様、鈴木様、吉岡様、この度は水産業の未来を見据えての想いや取組に大変心を動かされました。この貴重な学びを今後の活動に生かしてまいります。大変貴重なご講義を賜り、誠にありがとうございました。
2 お鮨に寄り添うお酒造り〜日高見醸造元 平孝酒造〜
世界三大漁場の一つである金華山・三陸沖を抱える港町、石巻。
四季折々、美味しいお魚が水揚げされる地域柄、平孝酒造はお鮨に合ったお酒造りを目指しております。
実は平孝酒造は私の祖母の実家であり、5代目である平井社長は親戚になります。
この度はナデシコプログラムで、各都道府県代表のファイナリストたちに身内である平孝酒造のことを知っていただけるというこの機会を大変嬉しく存じました。
今では「鮨王子」と呼ばれる平井社長ですが、昔は今のように好きではなかったそうです。
下駄や桶にのっている軍艦等に新鮮さを感じられず、昔の石巻のお寿司は美味しく思えなかったそうです。
ですが、金沢でのお鮨との出逢いによって、ガラッと印象が変わります。
カウンターに座り、目の前で一つひとつ丁寧に親方に握られるお鮨を口にした途端、シャリとお米がパラパラと口の中で解けてゆくことに感動し、お鮨の印象がガラッと変わったそうです。
「お腹が空いていたからではないか」と周りに言われたそうですが、もう一度足を運んでみても、やはり同じ感動をし、そこからお鮨に夢中になっていったとのことでした。
ある日、親方に「お酒を造っているなら持ってこい!」と言われます。
当時は華やかな香りのお酒が流行っていたそうで、お酒を持って行ったところ、「これは鮨には合わねぇ。」「これだったら食べた後に酒のショットバーに行けばいい。」と、言われてしまいます。
お酒単体なら良かったのかもしれませんが、お鮨には寄り添うお酒ではないと言われてしまったのです。
このことをきっかけに「お鮨に寄り添う日本酒とは」と、研究が始まりました。
ペアリングで、補完(足す)、対比(反対)、同調(寄り添う)等、様々な組み合わせがございますが、日本酒は同調、寄り添って引き立てるのが一番合っているそうです。
しかしながら、「お鮨」と一口に言っても、白身、赤身、貝類、たこ、魚卵、アナゴ、卵など、様々なバリエーションがあります。
どのような日本酒にどのようなお鮨が合うのでしょうか。
今回は、3種類の「日高見」をご用意いただき、どのようなお鮨に合うのか平井社長に説明をしていただきました。
【日高見 超辛口 純米】
「超辛口」は酸味が感じられ、酢締めにしたアオゼや赤身などの繊細な酸味をもつお魚に合います。お燗にする場合は39℃をおすすめしており、トロにも合うそうです。
【日高見 弥助 芳醇辛口 純米吟醸】
白身、貝、ゆでた甲殻類、イカ等、繊細な甘みをもつものには「弥助」が相性抜群とのこと。38℃に温めると、よりお鮨に寄り添う味わいになります。
明治から昭和の初めにかけて、花柳界でお鮨のことを「弥助」と呼ばれていたそうで、そこから名付けられたそうです。
【日高見 純米吟醸 助六】
「助六」は、歌舞伎十八番の演目「助六由縁江戸桜」が由来となっています。
いなり寿司と巻物を詰め合わせたものを「助六寿司」と言いますが、この「助六」も「助六由縁江戸桜」が由来だそうです。主人公が「助六」、そしてその愛人が「揚巻」ということから、お寿司も「助六由縁江戸桜」の人気にあやかるようにと、巻物といなり寿司の詰め合わせを「助六寿司」と呼ぶようになったと云われております。江戸前寿司と歌舞伎との繋がりからヒントを得て、造られた「助六」。程よい香りと柔らかく膨らみのある味わいで、ウニ、アナゴ、卵焼き等に合います。
実際に説明を聞きながら試飲をさせていただきました。
ファイナリストの中には、今度実際に白身や赤身と合わせて、またこの日高見を飲んでみたいという方もおりました。
2023 Miss SAKE JAPAN 山田さんが、マレーシアにて開催された国税庁主催のレストラン向けセミナーへ日本酒講師として伺ったときのエピソードを紹介してくださいました。特命全権大使をはじめ、国際唎酒師等が関わられているセミナーです。
ディナーの途中、平孝酒造の「弥助 芳醇辛口 純米吟醸」をコースメニュー外のサプライズのお酒として紹介してくださったそうです。
「お鮨に合うお酒を、という気持ちを込めて造られたお酒」という紹介をし、サプライズゲストで「Sushi Hibiki」よりいらした齋藤様にその場でお鮨を握っていただき、ペアリングをしたそうです。
セミナーにお越しの多くの方が感動されてらっしゃったというお話を聞き、私も大変嬉しい気持ちになりました。
最後に、質疑応答の時間がございました。
震災のときのお話や輸出をするときの条件、高い日本酒は何が違うのか等、様々な質問が上がりました。
輸出をするときに大切にしていることは、出汁をとっているところや日本人の職人がいるところ、ミシュランの星付きレストランにしか出さないとのことでした。理由は、品質管理を徹底されるからだそうです。日本酒について知識がないと、常温でそのまま置かれてしまうということも少なくありません。そうしてしまうと質が落ちてしまい、香りや味が変わってしまいます。目的を特化することで、品質を保ったままお客様へ提供することができるのだそうです。
日本酒の価格は、山田錦等といった材料や袋吊・中取り等といった手間がどれだけかけられているかで変わってきます。熟成によっても価値が高まるとのことでした。
また、「日高見」を飲んだことがきっかけで日本酒を好きになったというファイナリストもおりました。そこから、後にMiss SAKEに応募するほど日本酒が好きになったかと思うと、人の人生までも変えてしまう日本酒の力は本当に計り知れないなと感じます。
この度は、平孝酒造のお話をたくさんのファイナリストと聞くことができ、大変嬉しく存じました。
逆境を乗り越え、お鮨に寄り添うお酒造りを追求され、高品質にこだわり醸されている蔵元が身内であることを大変誇りに思います。平井社長、ご多用のところ誠にありがとうございました。
最後に、銘醸機会株式会社 代表取締役 社長である澤田様よりご挨拶をいただきました。
今回の宮城県でのナデシコプロラムは、澤田様の協賛により実施できたと弊社大西代表より伺っております。
初日は佐浦様の蔵見学から始まり、鹽竈神社・志波彦神社での正式参拝、牡蠣の養殖漁場見学、二日目はほや、銀鮭、平孝酒造の日本酒講義と大変豪華なプログラムでございました。
宮城県出身でありながら、知らないことがたくさんあり、宮城県の魅力を再発見し、素晴らしさをより掘り下げることができた二日間でございました。誠にありがとうございます。
澤田様のことは、ずっとお名前だけ存じ上げていたのですが、この度ようやくお目にかかることができました。
平井社長より、平孝酒造の醸造機械のほとんどが銘醸様のものであることや創業当時からのつながりで親しいことを伺っておりましたので、今回直接お会いすることができ、大変嬉しく存じました。
Miss SAKEの駆け出しの頃から今日まで、長きに渡って応援していただいていることを知り、澤田様のあたたかい心やご尽力があって今のMiss SAKEがあるのだなと改めて感じました。
微力ではございますが、私たちの活動が一人でも多くの方にとって日本酒をはじめ、日本の伝統文化の魅力に触れるきっかけとなりますよう、誠心誠意努めてまいります。
引き続き、宜しくお願いいたします。
2023 Miss SAKE 宮城 千田瑞穂