■ はじめに
皆さま、こんにちは。
2026 Miss SAKE 岐阜の矢橋舞美です。
別の記事にて、アゼルバイジャンの首都バクーで開催された「THE JAPAN ESSENCE GLOBAL EXPO 2026」に参加いたしました。
EXPOの様子は本編のレポートでご紹介していますが、今回は番外編として、EXPO以外の時間に見たこと、感じたことをお届けします。
ドラマのロケ地になったことで話題になった国ではありますが、日本ではまだあまり知られていないアゼルバイジャンという国について、少しでも身近に感じていただけたら嬉しいです。
■ アゼルバイジャンってどんな国?
アゼルバイジャンは、カスピ海の西岸、ヨーロッパとアジアの境目にあたるコーカサス地方の国です。北はロシア、南はイランと接しています。面積は約8万6,600平方キロメートルで、日本の約4分の1。人口は約1,040万人で、首都はカスピ海に面したバクーです。(外務省HPより)
公用語はアゼルバイジャン語で、現地でもやはりいちばん通じるのはアゼルバイジャン語でした。次に通じるのがトルコ語で、方言と言ってもいいほど似ている言葉です。ロシア語は世代や人によって差がありますが、話せる方も多くいらっしゃいました。英語を話せる方もいます。私はロシア語と英語、そしてほんの少しのアゼルバイジャン語を組み合わせてコミュニケーションをとりました。
宗教は主にイスラム教シーア派ですが、街の雰囲気は開放的で、お酒も日常的に楽しまれています。通貨はマナトです。
日本とは1992年に外交関係を結んでいます。時差は5時間で、日本からの直行便はなく、主な行き方は、ターキッシュエアラインズでイスタンブール経由、エミレーツ航空でドバイ経由、カタール航空でドーハ経由の3つです。今回はイスタンブール経由で向かいました。イスタンブール空港はヨーロッパとアジアをつなぐハブ空港だけあってとても広く、行きは乗り継ぎ時間がぎりぎりで空港内を走り回ったのも、今では良い思い出です。
私は大学でロシア語とロシア経済を専攻していることや、今年6月に日本で開催された日アゼル文化交流イベントで通訳を務めたことでさらに訪れたいと思うようになりました。
■ 歴史をざっくり
シルクロードの交差点
アゼルバイジャンは古くから、東西を結ぶシルクロードの交易路の上にありました。バクーの旧市街「イチェリ・シェヘル」や北部の町シェキには、隊商が泊まった「キャラバンサライ」が今も残っていて、さまざまな文化や品物が行き交った時代を感じることができます。
今回の滞在中に歩いた旧市街でも、石畳の路地に、長い歴史の中で多くの人が行き交ってきた気配を感じました。
火の国とゾロアスター教
アゼルバイジャンは「火の国」とも呼ばれ、アゼルバイジャン語では「オドラル・ユルドゥ(Odlar Yurdu)」と言います。地下に石油や天然ガスが豊富なこの土地には、地面から自然に炎が噴き出す場所が昔からあり、イスラム教が広まる前には、火を神聖なものとするゾロアスター教が信仰されていました。ゾロアスター教では火そのものを拝むのではなく、清らかさや真理の象徴として火を大切にしています。
バクー近郊のスラハニには、火を祀る寺院「アテシュギャー」が残っています。現在の建物は17〜18世紀に建てられたもので、インドから来た商人や巡礼者も祈りを捧げた場所です。かつては天然ガスによる炎が絶えず燃えていましたが、ソ連時代の採掘の影響で1969年に途絶え、今はガスを引いて火が灯されています。
今回の滞在中、私も実際にアテシュギャーを訪れました。寺院の中央で静かに燃え続ける炎を前にすると、この土地の人々が昔から火を特別なものとして大切にしてきたことが、すっと腑に落ちるような気がしました。
ロシア帝国からソ連の時代へ
19世紀前半、ロシアとイランの戦争の結果、現在のアゼルバイジャンにあたる地域はロシア帝国に組み込まれました。1918年に一度独立を宣言しますが、1920年にはソヴィエト政権が成立し、その後約70年間、ソ連の一部となりました。
石油の街、バクー
バクーは19世紀後半から石油の街として大きく発展しました。今もカスピ海で採れる石油と天然ガスは国の経済を支えていて、海沿いに並ぶ近代的なビル群と、古い城壁に囲まれた旧市街が同じ街に並んでいる景色がとても印象的でした。
独立、そして現在
1991年、ソ連の解体とともにアゼルバイジャンは独立しました。10月18日は「独立回復の日」とされていて、実はEXPOの初日がちょうどこの記念日でした。現地の通訳の方に伺ったところ、この日は盛大にお祝いするというよりも、家族や友人とお茶を飲んでゆっくり過ごす方が多いそうです。
■ 回った場所
EXPOの前後には、バクー市内や郊外を案内していただきました。日程に沿ってご紹介します。
10月16日|到着日、夕方の市内観光
- ハイランド・パーク:高台にある公園で、バクー湾と市街を一望できます。
- 殉教者の小道:ハイランド・パークの中にある慰霊の場所で、1990年1月の事件や、その後の戦争で亡くなった方々が眠っています。この小道からは、炎の形をした3棟の高層ビル「フレイム・タワーズ」も眺めることができました。
- 旧市街(イチェリ・シェヘル):城壁に囲まれた歴史地区で、2000年にユネスコの世界遺産に登録されています。
旧市街を象徴する中世の宮殿建築「シルヴァンシャー宮殿」を見学しました。
高台から眺める夕暮れのバクー湾と、石畳の旧市街。到着したその日に、新しい街と古い街の両方の顔を見ることができました。
10月17日|カスピ海沿いからホワイト・シティへ
- ビビ・ヘイバット・モスク:カスピ海沿いに建つモスクです。
最初の建物は13世紀に建てられましたが、1936年にソ連の反宗教政策で取り壊され、1990年代に再建されました。
- 国旗広場と海岸エリア:巨大なポールに掲げられたアゼルバイジャン国旗が目印の、海沿いの広場です。
- ホワイト・シティ:かつて石油工場が集まり「ブラック・シティ」と呼ばれた地区を、新しい街並みとして再開発しているエリアです。
10月20日|郊外へ、「火の国」をめぐる
- アテシュギャー:歴史の段でご紹介した、拝火信仰の歴史を伝える寺院です。
- ヤシル・バザール:果物やナッツ、スパイスなどがずらりと並ぶ市場で、お土産探しも楽しみました。
燃え続ける炎と古い寺院、そして未来的な建築を同じ日にめぐり、古代から現代までのアゼルバイジャンを一日で旅したような気分でした。
■ 食とお酒
滞在中は、ケバブやプロフ(アゼルバイジャン風のピラフ)などをいただきました。野菜はすべてオーガニックとのことでした。
アゼルバイジャンはワインの歴史が古い国でもあり、EXPOのブースでも、ワインに親しんでいる方が多いことを実感しました。
現地で飲んだワインは、甘めの味わいが印象的でした。また、アゼルバイジャンではお茶の文化も大切にされています。
洋梨のような形の小さなグラスで紅茶を飲み、ジャムや甘いお菓子を添えるのが定番です。滞在中は私も、紅茶の時間を楽しみました。
Miss SAKEとして気になったのは、日本酒との相性です。
特に、肉の旨みとスパイスが効いたケバブには、しっかりとした味わいの純米酒や、少し温めたお燗が合いそうだと感じました。また、甘めのワインが好まれていることを考えると、フルーティーな吟醸酒や、甘みのある貴醸酒も受け入れられやすいかもしれません。
■ おわりに
言葉が十分に通じない場面でも、現地の方々はいつも笑顔で迎えてくださり、何度も助けていただきました。人の温かさに触れたことで、次もぜひ訪れたい!と思った出張でした。
シルクロードでつながっていたこの国と日本が、日本酒を通して少しでも近づくきっかけになれば嬉しいです。とても遠いですが、皆さまもぜひ、機会があればアゼルバイジャンを訪れてみてください。
2026 Miss SAKE 岐阜 矢橋舞美










































